BRICOLAGE REPORT|経営者向け・無料
なぜ社長は、
いつまでも休めないのか
社長に判断が戻ってくる会社に共通する、
5つの「経営人事の設計不良」
登録不要で、そのままお読みいただけます(約8分)。社員は増えても、なぜか重要な判断は社長に戻ってくる——社員50〜120名規模で多くの経営者が直面するこの現象の「構造」を、5つの型に分けて解説します。
はじめに
「休めない」のは、意志ではなく設計の問題
社員が5人、10人のうちは、社長がすべてを見て、すべてを決めても会社は回ります。むしろその速さと一貫性こそが、創業期の強みです。ところが社員が50名を超えたあたりから、多くの会社で同じ現象が起こります。組織は大きくなったのに、重要な判断だけは、なぜか社長のところへ戻ってくる——。
よくある誤解は、これを社長の資質や社員のやる気の問題だと考えることです。しかし、真面目で優秀な人が集まっているのに判断が戻るのなら、原因は人ではなく、判断を支える仕組み——人事の“設計”の側にあります。問題は「誰が優秀か」ではなく、「誰が・何を・どんな基準で決めてよいか」が設計されているか、です。
第1章
現象:判断は、なぜ社長に戻るのか
判断の集中は、ある日突然起こるものではありません。日々の業務は回っているため、社長自身もしばらくは「ただ忙しい」としか感じません。しかし内部では、静かに次の進行が起きています。
現在 社長の時間が、細かな確認と承認で埋まる(自覚は「忙しい」だけ)
6か月 判断の遅れが常態化し、現場は社長の手が空くのを待つ
1〜2年 担い手が固定化。特定の人にしか回せない仕事が増える
3年 例外対応が制度を上回り、「社長に聞くのが一番早い」が常識になる
とりわけ見落とされやすいのが、二番目の段階です。現場が「聞くまでもない」と自分の判断を止めはじめ、しかもその様子は社長からは見えません。報告が上がってこないのは順調だからではなく、判断そのものが行われていない——という可能性があるのです。
第2章
判断が社長に戻る「4つの経路」
ひとくちに「判断が戻る」といっても、理由は同じではありません。なぜ社長の確認が必要になるのか——理由はおおむね次の4つに分かれ、それぞれ必要な打ち手が異なります。案件が戻ってくるときの「言い方」が、経路を見分けるヒントになります。
【一】基準がない
判断の拠りどころがなく、決めようがない。/サイン:「どうしましょうか」と、相談の形で戻ってくる。
【二】権限が曖昧
決められるが、決めてよいのか分からない。/サイン:「念のため確認ですが」と前置きがつく。
【三】前例が複雑
経緯を知らなければ整合性を保てない。/サイン:個別事情のある案件だけが、選択的に戻ってくる。
【四】覆された経験
一度決めたが修正され、以後は確認するように。/サイン:以前は決めていた人が、決めなくなっている。
重要なのは、原因と打ち手がずれると施策は空振りする、という点です。基準がないところに権限規程を配っても、決めてよいと言われた側はやはり決められません。まず必要なのは、新しい仕組みを足すことではなく、どの経路で戻っているのかを正確に知ることです。
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第3章
5つの「経営人事の設計不良」
4つの経路の背後には、より根の深い設計上の欠落があります。経営人事は5つの領域に分けて捉えられ、判断が戻る会社では、このいずれか(多くは複数)が経営方針から切り離されたまま運用されています。健全な人事を成り立たせる4原則——運用可能性・公正性・説明可能性・経営整合性——との対応も添えます。
Ⅰ役割・権限設計
〈運用可能性〉
役割設計とは、序列を決めることではなく「その役割の者は何を決めてよいか」の一覧をつくることです。役割と決裁権限が別々に運用されていると、任された側は「確認する」以外に安全な選択肢を持ちません。委譲したはずの判断が戻るのは、責任だけが先に移り、権限の線が社長の手元に残っているためです。
Ⅱ評価設計
〈公正性〉〈説明可能性〉
評価は点数をつける装置ではなく、何を貢献として認めるかを会社が表明する仕組みです。評価権限が社長に留保されているかぎり、管理職は評価の当事者になれません。当事者でない者は、部下に理由を説明できません。説明されない評価は、公正さではなく不信を蓄積します。
Ⅲ報酬設計
〈公正性〉
報酬は労働の対価であると同時に、社内での位置づけの表明でもあります。役割と評価に接続されない報酬は、労働市場の相場と社長の裁量だけで決まります。すると採用時点の交渉力が社内の序列を上書きし、既存社員から見ると、貢献と処遇の対応関係が消えます。問題は人件費の総額ではなく、配分の説明可能性です。
Ⅳ管理職設計
〈運用可能性〉
管理職の職務を定義しないまま研修だけを行っても、学ぶ対象がありません。評価する、処遇を説明する、育てる、配置を考える——これらは実務能力とは別の力量です。選任基準が存在しないところでは、この力量は評価も育成もされません。実務の延長で管理職になった人は、実務の延長でしか動けません。
Ⅴ人事方針の言語化
〈経営整合性〉
人事方針とは、事業戦略を「どんな人を採り、何を評価し、誰を昇格させるか」に翻訳したものです。ここが言葉になっていないと、現場は優先順位を自力で決められず、社長自身が基準として機能し続けます。人が基準である組織は、その人が不在の瞬間に基準を失います。理念は、それだけでは基準になりません。
健全な人事を成り立たせる4原則
| 原則 | 意味 | 対応する領域 |
|---|---|---|
| 運用可能性 | 日々の判断が、社長を経由せず現場で回るか | 役割・権限/管理職 |
| 公正性 | 貢献と処遇の対応が、社内で筋が通っているか | 評価/報酬 |
| 説明可能性 | その判断の理由を、決めた本人が言葉にできるか | 評価 |
| 経営整合性 | 人事の判断が、事業の方針とつながっているか | 人事方針の言語化 |
5つの領域は独立しているように見えて、実際には連動しています。評価(Ⅱ)が社長に留保されていれば、報酬(Ⅲ)の説明もできず、管理職(Ⅳ)も育ちません。だからこそ、どこか一点だけを直しても、判断はまた戻ってきます。
第4章
なぜ「制度の導入」は失敗するのか
判断の集中に気づいた経営者が、まず試みて失敗しやすい打ち手があります。いずれも必要なものですが、失敗するのは中身ではなく順序の問題です。
権限規程を作り、決裁権限表を配る
→ 基準がないままでは、「決めてよい」と言われても決められず、相談の形で戻ってくる。
人事制度を刷新する
→ 制度は枠組みを与えるが、日々の個別判断には答えを出さない。社長の仕事は減らない。
管理職研修を実施する
→ 基準のない場所では、優秀な人ほど「確認」を選ぶ。リスクを正しく評価できるからこそ、動かない。
特定する前に着手すると、原因と手当てがずれ、施策は空振りします。順序を誤れば、費用と時間をかけたのに現実が動かない、という結果になります。
第5章
何から手をつけるか
最初の一歩は、新しい制度を導入することではなく、現在地を測ることです。おすすめは、2週間だけ「社長に上がってきた人事案件」を記録すること。難しい分析は要りません。
2週間の記録:たった2列でよい
①分類(採用/配置/処遇/評価/例外対応) ②上げてきた人の役割。線を引くべき場所は、記録の分布の中に、はっきりと現れます。
この記録を第2章の4つの経路と重ねれば、詰まりの正体は言葉になります。制度を作り直すのは、そのあとで構いません——むしろ、そのあとでなければ、正しい制度は作れません。
まとめ
判断が、社長に戻らない組織へ
社長が休めないのは、能力でも熱意でもなく、判断を支える設計が事業の成長に追いついていないからです。判断が戻る理由は4つの経路に分かれ、その背後には5つの設計不良があります。多くの会社は、原因を特定する前に制度へ手を伸ばし、空振りします。順序を守れば、遠回りに見えて、それが最短の道になります。
あなたの会社では、どの人事判断から止まるでしょうか。
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Bricolage Office 経営人事設計コンサルタント 清水利尚(社会保険労務士/博士(学術) Toshinao Shimizu, Ph.D.)
〒160-0023 東京都新宿区西新宿三丁目3番13号 西新宿水間ビル6階 / TEL 050-8893-2826
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